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特別法廷の違憲性に踏み込まなかった最高裁調査報告書に対する声明文
特別法廷の違憲性に踏み込まなかった最高裁調査報告書に対する声明文 2016年9月7日 ハンセン病市民学会 本年4月25日、最高裁事務総局は、「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査委員会調査報告書」を公表致しました。この調査報告書の最大の論点であり、私たちの関心も最高裁がハンセン病療養所及び医療刑務所に開設した特別法廷を違憲と判断するかという点でしたが、調査報告書が出した結論は私たちの期待を裏切るものとなりました。 そもそも熊本地裁判決が確定して15年になる今年、最高裁が遅きに失したこの時期にしかも自らの意思ではなく「司法の責任の検証」に踏み切らざるを得なかったのは、「菊池事件」の再審請求がヤマ場を迎えていた時期に全療協(全国ハンセン病療養所入所者協議会)・全原協(「らい予防法」違憲国賠訴訟全国原告団協議会)・国立療養所菊池恵楓園入所者自治会から、最高裁判所長官宛に「事件当事者がハンセン病に罹患していることを理由とする開示場所指定の正当性について、速やかに第三者機関を設置した上で検討し、その成果を公表することを求める要請書」を提出したことによります。 しかし、調査報告書の結論が私たちの満足できないものだったとしても、特別法廷の存在がどれほど深刻な問題だったかについては本調査報告書によっても明らかにされています。 調査報告書は裁判所法69条2項にもとづく特別法廷を開設する必要性の要件について、裁判所庁舎が事実上使用不能状態になった場合と、「被告人が長期間の療養を要する伝染性疾患の患者であって,裁判所庁舎に出頭を求めて審理することが不可能ないしは極めて不相当な場合など真にやむを得ない場合に限られると解するべきである」(傍点、引用者)と厳格に解しています。しかし、ハンセン病以外の病気を理由とする特別法廷開設の上申61件中認可された件数はわずか9件、15%であるのに対して、ハンセン病の場合は96件中95件、99%とその相違は顕著でした。その要因を調査報告書は、「ハンセン病に罹患していることが確認できれば、裁判所外における開廷の必要性を認定して、開廷場所の指定を行うとのいわば定型的な運用を行っていた」からだと分析しています。また昭和35年以降を裁判所法69条2項違反に該当する時期としていますが、昭和22年から特効薬の治験に効果が認められ昭和24年にはプロミン投与に予算が確保されるなど治癒が現実のものになりつつあった歴史を調査報告書自身が認めているのですから、定型的な運用を速やかに止め被告人一人ひとりの病状を精査していれば昭和35年以前に特別法廷の開設が「真にやむを得ない場合」ではなかったことは十分に認識されたはずです。 最大の論点である憲法違反については、「下級裁判所が、最高裁判所の指示に従い、裁判所の掲示場及び開廷場所において告示を行っていたこと、下級裁判所は、指定された開廷場所において傍聴を許していたことが推測でき、このような開廷場所の指定に当たっての運用は、憲法の定める公開の要請を念頭に置いて行われたたものと認められる」と結論づけています。しかし、告示と傍聴の機会が用意されたという形式と、特別法廷が行われたハンセン病療養所と刑事収容施設が「確かに、一般国民が容易に訪問できるような場所ではないとはいえ、訪問が事実上不可能な場所であったとまでは断じがたい」という事実認識で切り捨ててしまっては、定型的な運用に留まらずこのような形式要件主義がハンセン病に対する偏見と差別の助長に与した要因であるという司法の責任の「検証」になっているとはいえません。そのことは、調査報告書が、司法(熊本地裁判決)が遅くても昭和35年を一つの区切りとして「らい予防法の隔離政策規定は、その合理性を支える根拠を欠く状況に至っ」た(傍点、引用者)ことが「その違憲性が明白となっていた」と指弾したことを踏まえながら、「遅くとも昭和35年以降については、ハンセン病患者に対してのみ上記のような定型的な運用が行われたことにつき、合理的な理由があったとは言い難い(傍点、引用者)」と認定しながら、「認可が許されるのは真にやむを得に場合に限ると解される裁判所法69条2項に違反するものであった」と述べるに留まり違憲性の判断を避けて結論を導いていることにも現れています。同じ時期に立法と行政のらい予防法を廃止しなかった不作為責任は司法から憲法違反を追求され、「他の疾患の患者の場合とは異なって、例外的な場合にのみ行うべき指定を実際にはむしろ原則的に行うという取扱いを行っていた」司法の不作為は同じく合理的な理由がないにもかかわらず、違憲と判断されないのはなぜでしょうか。憲法の番人であるべき最高裁が、自らに厳しくなければその職責は果たせないのではないでしょうか。 さらに調査報告書は「特別法廷」で行われた実質審理に触れることを慎重に回避していますが、ハンセン病患者・元患者に対する基本的人権侵害が行われた中での「特別法廷」の運用の在り方そのものに裁判の判決への国民の信頼が揺らぐことは当然のことです。また公開の原則は一般国民だけでなく、被告人にとっても下された判決への信頼を担保する重要なものです。「菊池事件」では、法廷内の異常さを示す写真も証言も残っており、判決以前に裁判所がハンセン病に対してどれだけ酷い偏見・差別をもって被告人に臨んでいたかは明々白々になっていますが、報告書ではこれらのことはまったく検証されていません。「特別法廷」で行われた裁判で被告人と傍聴を許された入所者たちが司法権力の理不尽さを思い知っても、裁判所に対する信頼を寄せていたのだろうかと思わざるを得ません。こうした事実は公開の原則が実質的に担保されずに密室で行われた特別法廷によって引き起こされた被告人に対する基本的人権及び人間の尊厳に対する侵害に他なりません。憲法が求める公開の原則と遠くかけ離れた実態に目をおおい、形式要件を満たしたか否かのみを重視していては、自らが侵した過ちに真摯に向き合った真の反省には至らないというしかありません。 司法を預かる裁判所が基本的人権の最後の砦であり、人間の尊厳を守る大事な役割を担っていることは間違いありません。その意味で、最高裁事務総局が調査報告書を公表したその日に最高裁判事全員からなる「裁判官会議」が謝罪談話を出したのみならず、最高裁長官が記者会見の場でハンセン病を理由とする特別法廷の運用に深い謝罪の意を表されたのは、司法の役割に対する真摯な反省が最高裁の中にあったからであろうと推測致します。そうであればこそ、今回の調査報告書は重要な指摘もなされたものの、残念ながら私たちが納得できる十分に踏み込んだ検証になっているといえず、最高裁が自らの検証を行うことの困難さを示すものとなりました。 私たちハンセン病市民学会は、今回の調査報告書は「最高裁による検証の第一歩」であり、立法の責任については検証会議が設けられたように、司法の責任についても最高裁判所から独立した第三者機関によって改めて検証が行われることと、その検証結果を最高裁が尊重することを求めるものです。
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